私は個人や組織を良くする仕事をしているので、経営や心理学に関する本をよく読みます。
英語も読めるので英語の本も読むのですが、邦訳されていない本の中にも良い本が沢山あるので、それらを翻訳しつつ要約して読者の方々に紹介するという試みをしてみたいと思います。



原書の紹介

初回の今回は、本ではなく、Courseraというオンライン学習プラットフォームに載っているThe Science of Well-Beingというクラスの内容を紹介したいと思います。

Couseraは主に大学などがオンライン授業を作成して公開するためのツールです。英語のものがほとんどですが、低額または無料で、プログラミングから政治経済まで色々な授業が受けられます。

The Science of Well-Beingは、Yale大学というアメリカの有名大学の心理学教授Laurie Santosが提供しているコースで、修了証明書の発行を希望しなければ誰でも無料で受けることができます。

Couseraへのリンク
https://www.coursera.org/learn/the-science-of-well-being/home

このコースは、心理学の研究に裏打ちされた「幸せ」になれる方法を紹介するものです。
科学的根拠に基づいているので説得力があるのはもちろんのこと、紹介されている方法が多くの人にとって意外なものが多く、目からうろこの内容になっています。
私もこの授業にとても感銘を受け、今では人生の指針の一つになっていると言っても過言ではないため、真っ先にブログで紹介したいと思いました。

内容

コースのタイトルにあるWell-Beingは、日本語では「幸せ」と訳されることが多いようですが、心身ともに健やかな状態を指します。
ビジネスでもEmployee Well-Being等の言葉で、社員がうつ病などにならずに健やかに働けるようにするための施策を議論するのに使われたりします。

本記事ではコースの内容に沿って、まずどんなことが幸福度を高めてくれるのかを紹介した後、最後にそれらを行動に移すために役立つテクニックを紹介します。

「慣れ」に打ち勝つ

人が幸せを感じなくなってしまう一つの理由に、「慣れ」があります。脳は同じ様な刺激にはだんだん反応しなくなるようにできているからです。
コースでは、そんな「慣れ」に打ち勝つための方法が紹介されています。

「モノ」ではなく「経験」に投資する
家や車、ブランド物などの「モノ」にお金を使うと、一度買った後は同じものをしばらく使うことになります。そのため、幸せを感じるのは買った直後だけで、その後すぐ「慣れ」が発生して何も感じなくなります。
一方、旅行に行く、美味しいものを食べる、コンサートに行く、などの「経験」は、一つ一つの経験が一回きりなので「慣れ」が起きず、毎回幸せを感じられるそうです。特に最低限のモノは揃えられている中・高収入層の人の間では、モノより経験にお金を使う人の方が幸福度が高いことが分かっているそうです。
「経験」への投資の良い点は他にもあり、その経験を人に話すことで人とのつながりを感じられること、「モノ」と比べると他人と比較しにくいため満足感が得られやすいことなどもあるそうです。

日常を味わう
「慣れ」に打ち勝つためのもう一つの方法は、当たり前の日常をもう一度味わうことです。今見ている景色、食べているもの、一緒にいる人など、今ここにある瞬間を深く味わうようにすることで、幸福度が上がるそうです。
日々をよりよく味わうための方法としては、「もしこの人に会えていなかったら」など、今あるものがない状況を想像してみること、また「今週がこの仕事で最後の1週間だったら」など今当たり前にあるものが無くなってしまうことを想像することが効果的だそうです。
また今この瞬間でなく、過去の楽しい経験を振り返ることでも、幸福度が上昇するそうです。

日常を味わうために注意したいことの一つは、写真との付き合い方です。写真は、カメラのレンズを通して改めて景色の美しさを実感するなど、「今ここ」の経験を強化するために使う分には有効ですが、「写真を撮ってSNSにあげる」など今とは関係ないことに気が散ってしまうと、逆効果になるそうです。
SNSとの付き合い方に関しては後述しますが、SNSに写真をあげる習慣のある人は、一度見直してみてもいいかも知れません。

感謝する
「日常を味わう」と関連して大切なこは、感謝をすることです。
英語ではGratitudeという言葉が使われていますが、これは言葉に出して感謝を伝えるだけでなく、例え伝えなくても物事を有り難いと思うという態度のことを表します。また人に対してだけでなく、環境や機会などに対してもよく使われるのが、日本語の「感謝」とのニュアンスの違いだと思います。
例えば週に一度、前の週に起きたことで有り難いと思ったことを5つ書くだけで、幸福度があがったという研究があるそうです。
また、周りの人に人に感謝の手紙を書くことも幸福度に大きな影響があり、お互いに手紙を書かせることで夫婦間の関係性が改善したという研究もあるようです。

不幸になる「比較」をやめる

「慣れ」と並んで人を不幸にしてしまいがちな脳の特性は、何かを認識する際に、他のものと比較を通して認識するようにできていることです。そのため、間違った比較対象を元にすると、何をしても幸せを感じなくなってしまいます。

SNSとの付き合い方
インスタグラムやツイッターなどのSNSは他人との悪い比較を誘発します。できれば利用しないのが一番です。
今すぐ利用をやめるのが難しければ、STOPテクニックといって、SNSを見て他人と比較しているなと気づい時に、ただ「ストップ!」と自分に言い聞かせるだけでも、比較を止める効果があるそうです。
また、SNS上の写真は加工されていたり、スタイルの良いモデルばかり出ているなど、現実的でない物事に溢れていることを認識して、より現実な比較対象を見るようにすることも大切だそうです。

日々の比較対象をリセットする
「慣れ」の部分で紹介したことと似ていますが、物事が当たり前になると比較対象のレベルが上がってきて、幸せを感じづらくなります。コースでは、上がってしまった比較対象をリセットするために使えるテクニックがいくつか紹介されていました:
・その仕事を始める前、その人に会う前、など以前の良くなかった状態をもう一度思い出して、現状と比較する
・今よりもっと悪い状況を想像して比較する
・食べ物、音楽などを楽しんでいる時に、一回手を止めて、もう一度最初から楽しむつもりになってみる
・良いことは一度に経験するのでなく、数回に分ける
・好きなことでも繰り返し行わず、他の経験を挟んでしばらく間を置いてから行う

本当の「良い」仕事

次は仕事です。多くの人にとって仕事は日常の大多数の時間を割くもののため、仕事から幸せを感じられることは理想的ですね。

まず誤解を解いておくと、給料の高い仕事をすることや、皆が羨ましがるような企業で働くことは、幸せとは関係がないそうです。
所得と幸福度に関する研究では、日本を含めた様々な国で、所得と幸福度には関係性(相関)が見られないこと、またアメリカでは年収US$75,000(日本円で800万前後)までは幸福度と年収にある程度の相関があるものの、それ以降は相関がほぼなくなることが明らかになってます。
後者はアメリカの研究ですので、物価や福祉制度が全く違う日本ではUS$75,000という数字は異なる可能性が高いです(私は日本ではもっと低いと予想しています)。ただし、「ある一定の年収に達すると、それ以上収入があがっても幸福度は上がらない」という現象は、どこの国でも同じだと考えられるでしょう。

一方で、研究に裏打ちされた幸せになれる「良い」仕事の特徴は下記2つです。

自分だけの強みを活かせること
自分だけにしかない強みを仕事で活かせることは、生産性が上がるだけでなく、仕事への満足度もあがるそうです。
英語ではSignature Strengthと呼ばれています(Signatureは署名という意味で、例えばレストランでの人気メニューなどにもSignatureという言葉が使われます)が、これは単に他人より上手く出来ることではなく、自分にとってその強みが重要であると感じられることが大切だそうです。
そして、できれば一つだけでなく、複数の強みを組み合わせて使える機会があると、より満足度があがるそうです。

コースではVIAcharacterというツールで強みを診断することを推奨しています。残念ながら日本語版は無いようですが、英語が分かる方は診断してみて下さい。
https://www.viacharacter.org/survey/account/register?registerPageType=popup


フローを感じられる
もう一つ仕事を通して幸福度を高めるために必要なことは、フローを感じられる瞬間があることです。
フロー(Flow)は、その瞬間に集中して高いパフォーマンスを出せている状態を指し、スポーツで選手が高得点を出せる精神状態を表すときなどに使われます。(ゾーンとも言われる)
フローを感じるには、自分のスキルに対してほどよく難しい(チャレンジングな)課題に取り組めることが大切で、簡単すぎず難しすぎないバランスが必要だそうです。

人との関わり方

孤独は幸せの大敵です。充実した人との関わりを持てることは、幸福度に大きな影響を与えます。
この分野で誤解されがちな内容としては、結婚しているかどうかと幸福度に関係性はないことが研究から明らかになっているそうです。

人に親切にする
宗教や道徳の授業のように感じるかも知れませんが、人に親切にすることで自分の幸福度があがるということを示す研究が沢山あるそうです。ポイントは、優しくされた側ではなく、優しくした側の幸福度に影響があることです。
といっても大それた親切行為をする必要はなく、幸福度の向上に一番効果的なのは、人に手を貸してあげる、少額の募金をする、などの小さな親切行為を一日に複数回することだそうです。

人とのつながりを持つ
結婚しているかどうかは幸福度に関係がないという研究を紹介しましたが、一方で仲の良い友がいる人といない人では、幸福度だけでなく、身体的な健康度にも違いが出るという研究があるそうです。
また面白い研究では、バスの中で知らない人に話しかけるという一見おかしな行動でも、人とのつながりを感じられて幸福度が上がるという報告がされています。
仲の良い人友人はもちろん、見知らぬ人であっても、人とのつながりを感じられることは幸福度の向上になるようです。

運動、睡眠そして瞑想

耳が痛いかも知れませんが、よく運動しよく眠ることは、体に良いだけではなく、心にも良いことが分かっています。
ただし、健康レベルを越えたダイエットは、例え成功して痩せたとしても幸福度が下がるそうですので控えましょう。
運動・睡眠に加え、瞑想を習慣にすることで、目の前のことに集中できるようになり、幸福度があがったりうつ病の予防になることが知られています。
瞑想はメディテーションやマインドフルネスとも呼ばれていて、最近ビジネス界でも注目されていて本も沢山出版されているので、興味のある方は調べてみて下さい。

学んだことを実践するために

ここまで、どのような行動をとれば幸せになるかを紹介してきましたが、知ったからといって実践できるとは限りませんよね。
むしろ「頭では分かってるけど実践できない」というのが人間の常でしょう。
このコースでは、学んだ内容を行動に変えるための方法も紹介されています。

環境を味方につける
人は環境に左右されがちな生き物です。
英語ではSituational Supportと言われていますが、身の回りの状況・環境を自分がしたい行動がとりやすいように変えることで、自然とその行動が取れるようになります。
例えばSNSを使うのを辞めたいのであれば、携帯からアプリを消してしまったり、通知をOFFにしたり、使わない時は携帯を自分から離れた場所に置いておくなどができます。
また目の届く場所に目標を書いたメモを貼っておいたり、運動などであれば一緒にする仲間を見つけることも効果的だとうです。

目標設定と計画
効果的な目標設定と行動計画も、実践に役立ちます。
目標を設定する際は、いつ・どこで・どうやってやるのかを明確に設定することが大切です。例えば、「もっと運動する」という目標ではなく、「毎週月曜と木曜の仕事後にジムに通う」など、明確に目標を設定することで、イメージがしやすくなります。そして、目標が達成できたらどんなことが起きるか想像してみることで、モチベーションが高まります。
一方で、目標を達成する上で、どんな障害がありそうかを想像し、障害に直面した場合にどんな行動を取るかを事前に考えておくことも必要だそうです。例えば「モノを買いたいと思ったら、とりあえず一週間買うのを待ってみる」など、事前に行動を決めておくことで、目標に反する行動をとることを避けやすくなるのだそうです。

私の解釈と実践

最後に、このコースをとって私が考えたことや、実践していることを、参考までに共有します。

モノより経験
一番最初に紹介した「モノより経験」(いつか車のCMみたいに聞こえますが…)は、私がコースから学んだ中で一番印象に残った内容です。
服や化粧品を沢山買っていた時期もありますが、「モノを買っても幸せにはならない」という事実を知ってから、ミニマリズムについても勉強し、できるだけモノを買うのを控えたり、持っているものを処分したりして、身軽に暮らすようにしています。そして浮いたお金を以前からの趣味である旅行や音楽などに使うようにしています。

味わいと感謝
私は日記をつけているので、毎日必ず「今日楽しかったこと・ありがたかったこと」を書くようにしています。日記というツールを使って毎日必ず考えるようにすることで、小さなことにでも幸せを感じる感度が上がっているように思います。
また、私はパートナーとお互いの誕生日に手紙を贈るようにもしています。普段は忙しいですし、照れくささもあって中々感謝を伝える機会はありませんが、誕生日という年に一回の特別な日に手紙を書くことで、受け取った側も改めて相手への愛情を感じられていると思います。

親切と募金
これは意識しているもののまだまだ出来ていない分野ではありますが、道端で物を落とした人がいたら拾ってあげる、重いものを運んでいる人がいたら助けるなど、小さな親切を積み重ねるようにしています。見知らぬ人に親切をすることで、人とのつながりを感じることもできて一石二鳥です。
また募金についても、私はキャッシュレス派なので街頭募金は参加しませんが、オンラインで定期的な募金をしています。
性格や信条によるかも知れませんが、私は「自分のためにもなる」と思うことで、こういう行動を以前より積極的に取れるようになりました。

SNSの使い方
このコースを取る前からなのですが、私はSNSが苦手なため、利用は最小限にしています。
コース内では紹介されていませんが、SNSの利用時間と幸福度には負の相関があるという研究もあるため、SNS中毒気味の人は使い方を見直すことを強くおすすめします。
SNSは自分の生活のいい面だけを、しかも「盛って」発信するため、他人の投稿を見ていると自分の生活だけが充実していないように感じられてしまうことが一番の問題点だと思います。
私はどのSNSもフィード部分は見ずにメッセージやイベントなど一部の機能だけを利用したり、インスタとツイッターに関しては情報収集に役立つ有名人等をフォローするのに留めるなど、利用を制限しています。

瞑想はできてない
最後に、瞑想は今まで何度かトライしたことがあり、このコースを取った後もしばらくやっていたのですが、結局続けられずに途中で辞めてしまいました。
今の所は、やらなくても特に問題を感じていないので、今は無理にやろうとしなくて良いと思っています。



以上、参考になると嬉しいです。
沢山の内容を紹介しましたが、私もそうしているように、みなさんも全て一気にやり始める必要はないと思います。
自分の興味があるものや、実践しやすそうなものをいくつか選んで、習慣化するための工夫をしてみてはいかがでしょうか。