要約・翻訳シリーズ2つ目は、チェンジマネジメントに関する本の中で、私が一番気に入っている本の紹介です。
スタンフォード大学教授のChip Heathとデューク大学教授のDan Heath兄弟による共著。
本の骨子である象乗り・象・道の例えが秀逸であるのに加え、実践的で今すぐ役立ちそうなテクニックと事例が盛りだくさんで、組織だけでなく個人の行動の変革、社会の変革など色々な場面で役立ちます。
私が卒業したロンドン・ビジネス・スクールのチェンジマネジメントの授業ではこの本が教科書に指定されていたので、教授も数ある本のなかでイチオシだったようです。
この本では、まず象乗り・象・道の例えが紹介された後、それぞれの要素に関して使える具体的なテクニックを、豊富な事例と共に紹介しています。
序章では、変革においてアプローチしなければいけない3つの要素を象乗り・象・道に例えつつ、各要素に関する「よくある誤解」を説明しています。
各要素をどのように攻略すればいいかは次章以降で紹介されますが、大切なのは象乗り・象・道の3要素全てが揃わなければ、変革は前に進まないということです。
①象乗り:頭脳
よくある誤解:変革に抵抗されているように感じるのは、多くの場合やることが不明確だからである
象使いが象が進んで行くための指示を出すように、まずは変革にあたり何をどうすればいいかを頭で理解してもらうことが必要です。指示が不明確だと、何をしていいか分からず変革が進みません。
②象:心
よくある誤解:怠けている人がいるように感じたら、その多くはエネルギー切れである
象が従ってくれなければ象使いの指示は意味がないのと同じ様に、いくら頭で分かっていても心がついていかなければ変革は進みません。大切なのは、象使いは指示を出すだけで、実際に前に進む推進力は象にあるということです。
頭だけで制御する自制心はエネルギー切れを起こしやすいため、理屈だけで押し切ろうとせず、関係者の心からのモチベーションを引き出す必要があります。
③道:環境
よくある誤解:人の問題のように見えることは、多くの場合環境の問題である
道が険しければ象使いや象がいくら頑張っても進んで行くのが難しいように、環境が整っていなければ人や組織が変化するのは難しいです。
障害物をどかし道を舗装するように、好ましい行動が取れるような環境を整えましょう。
まず、象乗り(頭脳)が的確な指示を出せるようにする方法を見ていきましょう。
①上手く行っていることをもっとやる
考えたり分析したりするのが得意な象乗り(頭脳)は、問題だけに目をやりがちです。そして、人の頭は良い情報より悪い情報の方が頭に残りやすいようにできています。
しかし変革において効果的なのは、問題に注目して解決することではなく、今上手く行っていることを見つけ出し、それがもっと行われるように展開することです。
この点に関して、ベトナムで子供の栄養状態の改善に取り組んだNGOが、調査で栄養状態の良い子供はご飯に小さなエビやカニを混ぜて食べていることが分かったため、それを他の家庭に展開して成功したという事例が紹介されています。
この事例から学ぶべきことは二つあり、栄養状態の悪い子供に注目し改善策を考えるではなく、良い状態の子供に注目し特徴を掴んだ点と、食材や文化などの条件が異なる海外の事例ではなく、ベトナム国内の事例を探して他の家庭に展開した点です。
組織での変革でも、問題点ばかりに注目したり、いたずらに他社の成功事例を導入するのではなく、同じ組織内で比較的上手く行っている部署などを探し出し、そのやり方を真似る方が効果的です。
②取るべき行動を明確に示す
象乗り(頭脳)は、沢山の選択肢を目の前にすると、選択をするのにエネルギーを使いがちです。
しかし変革の場面では、色々な選択肢を知っていることはほぼ役に立たたず、選択肢を与えずに取るべき行動を明確に示す方が有効だそうです。
事例として、アメリカのある地域で肥満率低減のため「低脂肪乳を飲みましょう」というキャンペーンを出したことが紹介されています。肥満度を下げる方法は他にも沢山あるはずですが敢えて選択肢を示さず、分かりやすい方法を一つだけ伝えたことで、多くの人の行動を変えることができたそうです。
(この事例では、平均的なアメリカ人の食生活では、牛乳を普通のものから低脂肪のものに変えるだけで一日のカロリー摂取量が基準値以内になるということが事前に分かっていました。)
このように、目的地に近づくために一番分かりやすくてやりやすい行動を一つまたは数個だけ示すことで、象乗りに迷いが生じなくなります。
③行き先を示す
象乗り(頭脳)は分析に終始して、どこに向かっているのかを忘れがちです。向かうべき先の標識を出してあげることで、目的地を見失わずに能力を発揮することができます。
そして変革の場面では、よく言われるSMART(具体的で測定可能な目標、詳細はこちら参照)な目標ではなく、心を動かされるような壮大な目標が良いそうです。売上XX円のような財務上も、目標が人の心を動かすことはあまりないので注意しましょう。
ここでは、とあるエネルギー会社が石油採掘における目標として「空井戸(掘っても何もでないこと)ゼロ」を掲げたという事例が紹介されています。
この目標は達成できたかできてないかが明確であるため、著者は「白か黒か目標」と呼んでおり、ズルズルと目標がないがしろにされてしまう危険性がある時に有効だと言っています。ただし上述の「心を動かされる」目標とは相反する傾向があるため、目標は必ずしも「白か黒か」である必要はないとのことです。
この様に象乗りに行き先を示してあげると同時に、②の行動を取り続けることで③の目標に近づいていけるという一貫性も大切です。
次に、変革の推進力である象(心)を手懐ける方法です。
①感情に訴える
変革が失敗する一番主な要因は感情を無視することだそうです。
チェンジマネジメント界隈では、変革には「危機感」が必要だとよく言われますが、著者は危機感などネガティブな感情は今すぐに特定の行動を取らせたいような時には有効だが、文化変革などの長期的な変革にはむしろ逆効果で、それよりポジティブな感情を刺激することが必要だと主張しています。
ポジティブな感情を刺激するための手段として、社員を顧客やユーザーに会わせるなど「共感」を利用する事例が紹介されていました。
②変革を小さく分解する
壮大な挑戦に一から取り掛かるのは気が遠くなるものです。
大きな変革を手の届く小さなタスクに分解することで、取り掛かりやすくなりモチベーションを引き出せるのと同時に、タスクを一つ一つ達成するごとに進捗を実感でき、引き出したモチベーションを保つことができます。
事例として、債務超過に陥った人に、一番少額の借金から返すようにアドバイスをするという取り組みが紹介されています。ファイナスの観点で言うと金額の大きい借金から返済する方が効率的なのですが、大きいものから返そうとすると中々返せず途中で心が折れてしまいがちなのに対し、少額でも「返済できた」という体験をすることによってモチベーションがあがり、取り組みを続けられるのだそうです。
この様に、論理的に考えて効率的な方法と、象にとって取り組みやすい方法は異なります。象がエネルギー切れを起こさない方法を設計しましょう。
③アイデンティティと成長マインドセット
人は意思決定をする時、メリットとデメリットを比較して決定する他に、「自分という人間は、今の状況でどういう行動をとるべきか?」というアイデンティティに基づいて決めることがあるそうです。
この場合のアイデンティティとは、人種や国籍などではなく、職業アイデンティや、社員の呼び名なども含まれます。
この章では、社員を「発明者」呼び改善提案を促した事例や、ある病院の看護師の離職率を下げるために、「看護師としてあるべき行動」を強調して表彰制度やオリエンテーションを設計した事例が紹介されています。
もう一つ変革において象(心)を手懐けるための重要な要素として、著者は「成長マインドセット(人の能力は成長するという考え方)」をあげています。変革には失敗がつきものですが、固定マインドセット(人の能力は変わらないという考え方)を持っている人は失敗を嫌うため、変革に抵抗する可能性が高いのだそうです。
成長マインドセット・固定マインドセットに関しては『マインドセット:「やればできる!」の研究
最後に、変革が進みやすいように道(環境)を整える方法が紹介されています。
①環境を変える
前回紹介した幸せの心理学の「学んだことを実践するために」の箇所でも同じ内容を紹介しましたが、やはり人は環境に左右される生き物なので、環境を見方につけることが大切なようです。
面白い事例として、顧客からの問い合わせ電話に応答する人がおらず、顧客満足度が下がっていた会社で、自動応答システムを敢えて廃止してしまって、応答しなければオフィスの電話が鳴り続けるようにしたという事例が紹介されていました。
また、ソフトウェアの開発納期を早めるため、お互いに話しかけない「集中タイム」を作ったという事例も紹介されていましたが、この事例は「環境」と言っても物理的な空間だけでなく、お互いの認識やルールなども含まれるということを示しています。
②習慣を作る
習慣的に行っていることは、例え象乗り(頭)や象(心)が疲れている時でも自然と行うことができます。
良い習慣を作るための方法として、「行動の引き金(Action Trigger)」と言って、「子供を学校に送りに行った帰りにジムに行く」など〇〇をしたら✕✕をすると言う行動を規定しておくことで、その行動を取りやすくするという方法があるそうです。
またルーティンやチェックリストを作ることも有効だそうです。
荒れていた学校を改革するために、毎朝教師が校門で子供を出迎え、笑顔で挨拶をし、決まった時間にスペルの勉強をする・歌を歌うなどのルーティンを作ったことで、子どもたちの行動が改善したという興味深い事例が紹介されています。
③集団心理を利用する
道(環境)には物理的な環境だけでなく、周りの人々も含みます。
特に変化の局面では、何をしていいか分からず「周りの人と同じようにやっておこう」と考える人が多いため、この特性をうまく利用すれば、より多くの人を変化に巻き込むことができます。
既に組織の大半が行動を変えているのであれば、「既に〇〇%の人はXXを行いました」のように情報共有することで、残りの人達の変化を促すことがでいます。
まだ大多数が行動を変えていない状況であれば、行動を変えたいと思っている変革派の人だけでチームを組み、反対派の人達のいない安全な空間で話し合ったり実験をすることで、変革の輪を広げていくことができます。
最後に、本で紹介されていた内容に関して、いくつか私の知っていることや関連する書籍などを紹介したいと思います。
変革のよくある失敗
筆者も指摘していますが、私の経験上でも、変革に一番よくある失敗は、理屈や制度だけで人を変えようとして感情や心を置き去りにすることです。
この本のすごい所は、象乗り・象・道という巧妙な例えで、変革に必要な要素を分かりやすくかつ印象に残る形で提示している所だと思います。
変革におけるよくある失敗に関しては、ハイフェッツ等の提唱する「技術的問題」「適応課題」のフレームワークが一番理解しやすいと感じています。
『最難関のリーダーシップ ― 変革をやり遂げる意志とスキル』のほか、Web記事でも要約や説明が沢山出ていますので、ぜひ検索してみて下さい。
エネルギー切れに関して
象(心)がついていかなければエネルギー切れになってしまうということを紹介しましたが、体育会系的な考え方の人ですと、「そんなこと言ってないで頑張れ」という反応をされるかも知れません。
しかし、本当はやる気を感じていないのに心にムチを打って無理矢理やるというやり方で目標を達成できる人はほとんどいませんし、それは日本人でも何人でも変わらないと思います。
「エネルギー切れ」「疲弊」を起こしている社員を見た時に、「もっと頑張れ」で片付けるのではなく、モチベーションを引き出せるような伝え方、環境のあり方を考える必要があります。
チェンジマネジメントという研究領域を確立した功労者にジョン・コッターという人がいますが、彼の提唱している変革の8ステップの一番最初に、「危機意識を醸成する」というステップがあります。(こちら参照)
しかし、この本では危機意識の様なネガティブな感情の効果は限定的であるとしていますし、私がMBAで教わった教授も、コッターの理論は古くて現在では有効でない部分が多いと言っていました。
ポジティブな感情を引き出すことでパフォーマンスを高めようという学問領域にポジティブ・サイコロジーというものがありますが、こちらに関してはまた別の本を紹介したいと思っています。
アイデンティティについて
ディズニーランドのスタッフが「キャスト」と呼ばれているのはご存知の方が多いと思いますが、これは「私達は来場者を楽しませる演者である」というアイデンティティを高めるための仕組みだと思います。
アイデンティティに関して、大学の試験や課題で「不正をするな(Don't cheat)」と言うより、「不正をするような人になるな(Don't be a cheater)」と言った方が不正をする人が減るという面白い実験もあります。(※)同じ内容でも、行動に注目するかアイデンティティに訴えかけるかで効果が異なるという面白い内容だと思います。
※英語ですが、ソースのTEDTalkはこちらです。
https://www.youtube.com/watch?v=YwX8drUbPQ0
環境について
例えば臓器提供について、免許取得時に「臓器を提供する場合はチェック」させている国と、「臓器を提供しない場合はチェック」させている国では、後者の方が登録者数が多いというデータがあります。
集団心理とイノベーター理論
MBAでチェンジマネジメントを学んだ時、イノベーター理論を一番に教わりました。(イノベーター理論に関してはこちら参照)
イノベーター理論は本来はマーケティングの理論ですが、「変化がどうやって組織や社会に拡散されるか」を捉える上でチェンジマネジメントにも応用できる考え方だと思います。
集団心理の部分で紹介した内容をイノベーター理論に当てはめて説明すると、まずはイノベーターやアーリーアダプターだけを集めて実験等をしつつ彼等のコミットメントを高めて、その後アーリーマジョリティやレイトマジョリティに対して「〇〇さんもやってます」とか「既に〇〇%の人がやってます」などと伝えることで変化を促していくという説明になると思います。
イノベーター理論に関してはキャズムなど他にも面白い内容がありますので、上記のリンクをご参照下さい。
以上、Switchの紹介でした。参考になると嬉しいです。
原書の紹介
本の骨子である象乗り・象・道の例えが秀逸であるのに加え、実践的で今すぐ役立ちそうなテクニックと事例が盛りだくさんで、組織だけでなく個人の行動の変革、社会の変革など色々な場面で役立ちます。
私が卒業したロンドン・ビジネス・スクールのチェンジマネジメントの授業ではこの本が教科書に指定されていたので、教授も数ある本のなかでイチオシだったようです。
内容
象乗り・象・道の例え
各要素をどのように攻略すればいいかは次章以降で紹介されますが、大切なのは象乗り・象・道の3要素全てが揃わなければ、変革は前に進まないということです。
①象乗り:頭脳
よくある誤解:変革に抵抗されているように感じるのは、多くの場合やることが不明確だからである
象使いが象が進んで行くための指示を出すように、まずは変革にあたり何をどうすればいいかを頭で理解してもらうことが必要です。指示が不明確だと、何をしていいか分からず変革が進みません。
②象:心
よくある誤解:怠けている人がいるように感じたら、その多くはエネルギー切れである
象が従ってくれなければ象使いの指示は意味がないのと同じ様に、いくら頭で分かっていても心がついていかなければ変革は進みません。大切なのは、象使いは指示を出すだけで、実際に前に進む推進力は象にあるということです。
頭だけで制御する自制心はエネルギー切れを起こしやすいため、理屈だけで押し切ろうとせず、関係者の心からのモチベーションを引き出す必要があります。
③道:環境
よくある誤解:人の問題のように見えることは、多くの場合環境の問題である
道が険しければ象使いや象がいくら頑張っても進んで行くのが難しいように、環境が整っていなければ人や組織が変化するのは難しいです。
障害物をどかし道を舗装するように、好ましい行動が取れるような環境を整えましょう。
象乗り:頭脳
①上手く行っていることをもっとやる
考えたり分析したりするのが得意な象乗り(頭脳)は、問題だけに目をやりがちです。そして、人の頭は良い情報より悪い情報の方が頭に残りやすいようにできています。
しかし変革において効果的なのは、問題に注目して解決することではなく、今上手く行っていることを見つけ出し、それがもっと行われるように展開することです。
この点に関して、ベトナムで子供の栄養状態の改善に取り組んだNGOが、調査で栄養状態の良い子供はご飯に小さなエビやカニを混ぜて食べていることが分かったため、それを他の家庭に展開して成功したという事例が紹介されています。
この事例から学ぶべきことは二つあり、栄養状態の悪い子供に注目し改善策を考えるではなく、良い状態の子供に注目し特徴を掴んだ点と、食材や文化などの条件が異なる海外の事例ではなく、ベトナム国内の事例を探して他の家庭に展開した点です。
組織での変革でも、問題点ばかりに注目したり、いたずらに他社の成功事例を導入するのではなく、同じ組織内で比較的上手く行っている部署などを探し出し、そのやり方を真似る方が効果的です。
②取るべき行動を明確に示す
象乗り(頭脳)は、沢山の選択肢を目の前にすると、選択をするのにエネルギーを使いがちです。
しかし変革の場面では、色々な選択肢を知っていることはほぼ役に立たたず、選択肢を与えずに取るべき行動を明確に示す方が有効だそうです。
事例として、アメリカのある地域で肥満率低減のため「低脂肪乳を飲みましょう」というキャンペーンを出したことが紹介されています。肥満度を下げる方法は他にも沢山あるはずですが敢えて選択肢を示さず、分かりやすい方法を一つだけ伝えたことで、多くの人の行動を変えることができたそうです。
(この事例では、平均的なアメリカ人の食生活では、牛乳を普通のものから低脂肪のものに変えるだけで一日のカロリー摂取量が基準値以内になるということが事前に分かっていました。)
このように、目的地に近づくために一番分かりやすくてやりやすい行動を一つまたは数個だけ示すことで、象乗りに迷いが生じなくなります。
③行き先を示す
象乗り(頭脳)は分析に終始して、どこに向かっているのかを忘れがちです。向かうべき先の標識を出してあげることで、目的地を見失わずに能力を発揮することができます。
そして変革の場面では、よく言われるSMART(具体的で測定可能な目標、詳細はこちら参照)な目標ではなく、心を動かされるような壮大な目標が良いそうです。売上XX円のような財務上も、目標が人の心を動かすことはあまりないので注意しましょう。
ここでは、とあるエネルギー会社が石油採掘における目標として「空井戸(掘っても何もでないこと)ゼロ」を掲げたという事例が紹介されています。
この目標は達成できたかできてないかが明確であるため、著者は「白か黒か目標」と呼んでおり、ズルズルと目標がないがしろにされてしまう危険性がある時に有効だと言っています。ただし上述の「心を動かされる」目標とは相反する傾向があるため、目標は必ずしも「白か黒か」である必要はないとのことです。
この様に象乗りに行き先を示してあげると同時に、②の行動を取り続けることで③の目標に近づいていけるという一貫性も大切です。
象
①感情に訴える
変革が失敗する一番主な要因は感情を無視することだそうです。
チェンジマネジメント界隈では、変革には「危機感」が必要だとよく言われますが、著者は危機感などネガティブな感情は今すぐに特定の行動を取らせたいような時には有効だが、文化変革などの長期的な変革にはむしろ逆効果で、それよりポジティブな感情を刺激することが必要だと主張しています。
ポジティブな感情を刺激するための手段として、社員を顧客やユーザーに会わせるなど「共感」を利用する事例が紹介されていました。
②変革を小さく分解する
壮大な挑戦に一から取り掛かるのは気が遠くなるものです。
大きな変革を手の届く小さなタスクに分解することで、取り掛かりやすくなりモチベーションを引き出せるのと同時に、タスクを一つ一つ達成するごとに進捗を実感でき、引き出したモチベーションを保つことができます。
事例として、債務超過に陥った人に、一番少額の借金から返すようにアドバイスをするという取り組みが紹介されています。ファイナスの観点で言うと金額の大きい借金から返済する方が効率的なのですが、大きいものから返そうとすると中々返せず途中で心が折れてしまいがちなのに対し、少額でも「返済できた」という体験をすることによってモチベーションがあがり、取り組みを続けられるのだそうです。
この様に、論理的に考えて効率的な方法と、象にとって取り組みやすい方法は異なります。象がエネルギー切れを起こさない方法を設計しましょう。
③アイデンティティと成長マインドセット
人は意思決定をする時、メリットとデメリットを比較して決定する他に、「自分という人間は、今の状況でどういう行動をとるべきか?」というアイデンティティに基づいて決めることがあるそうです。
この場合のアイデンティティとは、人種や国籍などではなく、職業アイデンティや、社員の呼び名なども含まれます。
この章では、社員を「発明者」呼び改善提案を促した事例や、ある病院の看護師の離職率を下げるために、「看護師としてあるべき行動」を強調して表彰制度やオリエンテーションを設計した事例が紹介されています。
もう一つ変革において象(心)を手懐けるための重要な要素として、著者は「成長マインドセット(人の能力は成長するという考え方)」をあげています。変革には失敗がつきものですが、固定マインドセット(人の能力は変わらないという考え方)を持っている人は失敗を嫌うため、変革に抵抗する可能性が高いのだそうです。
成長マインドセット・固定マインドセットに関しては『マインドセット:「やればできる!」の研究
』の他、日本語のWeb記事など沢山の解説が出ていますのでここでは詳述は控えます。気になる方は調べてみて下さい。
道
①環境を変える
前回紹介した幸せの心理学の「学んだことを実践するために」の箇所でも同じ内容を紹介しましたが、やはり人は環境に左右される生き物なので、環境を見方につけることが大切なようです。
面白い事例として、顧客からの問い合わせ電話に応答する人がおらず、顧客満足度が下がっていた会社で、自動応答システムを敢えて廃止してしまって、応答しなければオフィスの電話が鳴り続けるようにしたという事例が紹介されていました。
また、ソフトウェアの開発納期を早めるため、お互いに話しかけない「集中タイム」を作ったという事例も紹介されていましたが、この事例は「環境」と言っても物理的な空間だけでなく、お互いの認識やルールなども含まれるということを示しています。
②習慣を作る
習慣的に行っていることは、例え象乗り(頭)や象(心)が疲れている時でも自然と行うことができます。
良い習慣を作るための方法として、「行動の引き金(Action Trigger)」と言って、「子供を学校に送りに行った帰りにジムに行く」など〇〇をしたら✕✕をすると言う行動を規定しておくことで、その行動を取りやすくするという方法があるそうです。
またルーティンやチェックリストを作ることも有効だそうです。
荒れていた学校を改革するために、毎朝教師が校門で子供を出迎え、笑顔で挨拶をし、決まった時間にスペルの勉強をする・歌を歌うなどのルーティンを作ったことで、子どもたちの行動が改善したという興味深い事例が紹介されています。
③集団心理を利用する
道(環境)には物理的な環境だけでなく、周りの人々も含みます。
特に変化の局面では、何をしていいか分からず「周りの人と同じようにやっておこう」と考える人が多いため、この特性をうまく利用すれば、より多くの人を変化に巻き込むことができます。
既に組織の大半が行動を変えているのであれば、「既に〇〇%の人はXXを行いました」のように情報共有することで、残りの人達の変化を促すことがでいます。
まだ大多数が行動を変えていない状況であれば、行動を変えたいと思っている変革派の人だけでチームを組み、反対派の人達のいない安全な空間で話し合ったり実験をすることで、変革の輪を広げていくことができます。
私の解釈と補足
変革のよくある失敗
筆者も指摘していますが、私の経験上でも、変革に一番よくある失敗は、理屈や制度だけで人を変えようとして感情や心を置き去りにすることです。
この本のすごい所は、象乗り・象・道という巧妙な例えで、変革に必要な要素を分かりやすくかつ印象に残る形で提示している所だと思います。
変革におけるよくある失敗に関しては、ハイフェッツ等の提唱する「技術的問題」「適応課題」のフレームワークが一番理解しやすいと感じています。
『最難関のリーダーシップ ― 変革をやり遂げる意志とスキル』のほか、Web記事でも要約や説明が沢山出ていますので、ぜひ検索してみて下さい。
エネルギー切れに関して
象(心)がついていかなければエネルギー切れになってしまうということを紹介しましたが、体育会系的な考え方の人ですと、「そんなこと言ってないで頑張れ」という反応をされるかも知れません。
しかし、本当はやる気を感じていないのに心にムチを打って無理矢理やるというやり方で目標を達成できる人はほとんどいませんし、それは日本人でも何人でも変わらないと思います。
「エネルギー切れ」「疲弊」を起こしている社員を見た時に、「もっと頑張れ」で片付けるのではなく、モチベーションを引き出せるような伝え方、環境のあり方を考える必要があります。
ネガティブな感情とポジティブな感情
しかし、この本では危機意識の様なネガティブな感情の効果は限定的であるとしていますし、私がMBAで教わった教授も、コッターの理論は古くて現在では有効でない部分が多いと言っていました。
ポジティブな感情を引き出すことでパフォーマンスを高めようという学問領域にポジティブ・サイコロジーというものがありますが、こちらに関してはまた別の本を紹介したいと思っています。
アイデンティティについて
ディズニーランドのスタッフが「キャスト」と呼ばれているのはご存知の方が多いと思いますが、これは「私達は来場者を楽しませる演者である」というアイデンティティを高めるための仕組みだと思います。
アイデンティティに関して、大学の試験や課題で「不正をするな(Don't cheat)」と言うより、「不正をするような人になるな(Don't be a cheater)」と言った方が不正をする人が減るという面白い実験もあります。(※)同じ内容でも、行動に注目するかアイデンティティに訴えかけるかで効果が異なるという面白い内容だと思います。
※英語ですが、ソースのTEDTalkはこちらです。
https://www.youtube.com/watch?v=YwX8drUbPQ0
環境について
例えば臓器提供について、免許取得時に「臓器を提供する場合はチェック」させている国と、「臓器を提供しない場合はチェック」させている国では、後者の方が登録者数が多いというデータがあります。
環境をデザインすることで人の行動を変えるという点については、『ナッジで、人を動かす ――行動経済学の時代に政策はどうあるべきか』という本が非常に有名です(主に公共政策の本ではありますが)ので、興味のある方は読んでみて下さい。
MBAでチェンジマネジメントを学んだ時、イノベーター理論を一番に教わりました。(イノベーター理論に関してはこちら参照)
イノベーター理論は本来はマーケティングの理論ですが、「変化がどうやって組織や社会に拡散されるか」を捉える上でチェンジマネジメントにも応用できる考え方だと思います。
集団心理の部分で紹介した内容をイノベーター理論に当てはめて説明すると、まずはイノベーターやアーリーアダプターだけを集めて実験等をしつつ彼等のコミットメントを高めて、その後アーリーマジョリティやレイトマジョリティに対して「〇〇さんもやってます」とか「既に〇〇%の人がやってます」などと伝えることで変化を促していくという説明になると思います。
イノベーター理論に関してはキャズムなど他にも面白い内容がありますので、上記のリンクをご参照下さい。
以上、Switchの紹介でした。参考になると嬉しいです。
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